工芸クロニクル

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No.001

秀衡塗 Hidehira Nuri

PLACE 岩手県平泉 TYPE 漆器・蒔絵 FEATURE
PERIOD 平安時代〜現代 PRODUCT 椀など
  1. １．奥州藤原氏３代がルーツの、東北地方を代表する漆器
  2. ２．源氏雲、金箔を用いた有職菱文の意匠
  3. ３．柳宗悦の民藝運動によって復元された
FOCUS 平安後期 USAGE 奢侈品・装飾品として
  • 平安前〜中期
  • 平安後期
  • 鎌 倉
  • 室 町
  • 安土桃山
  • 江 戸
  • 明 治
  • 大 正
  • 昭 和
  • 平 成

岩手を代表する漆器のひとつ秀衡椀は、椀の上部のふっくらとしたシルエットと高い高台が特徴。「源氏雲」と呼ばれる漆の雲に、金箔の「有職菱紋（ゆうそくひしもん）」という菱型の加飾を施し、草花をあしらうデザインは秀衡文様と呼ばれています。昭和に入り、民芸の父と言われる柳宗悦らによる調査が行われ、秀衡椀が秀衡塗として復元され、現在のかたちになりました。大中小の三つの椀が一つのセットになった三重椀のスタイルがあるのも特徴です。

秀衡塗の重箱

岩手県西磐井郡平泉町

MODEL 権力者モデル

藤原秀衡と源義経の対面。「源義経平泉館にて秀衡親子に対面之図」東京都立中央図書館東京試料文庫

奥州藤原氏の栄華により生まれた、金色のゴージャスお椀

秀衡塗は、平安末期の12世紀に平泉の地に栄華を極めた奥州藤原氏にその起源があるといわれる。
第3代藤原秀衡が中尊寺金色堂の造営のために京都から招来した職人に、平泉特産の漆と金をふんだんに使った豪華な椀をつくらせた。この時代、工芸生産の「職人」が出現し、権力者の依頼によって制作するというビジネスモデルが始まった。

SOCIETY 生活文化の国風化へ平安後期 story 協力者による工芸の奨励 日本の儀礼確立 有職故実 当時最先端の思想 仏教 story 受け継がれる技 story 柳宗悦による復興 グローバル都市 平泉の金 story 江戸時代に大変化
PROSESS ROOT

工芸クロニクル CRAFT CHRONICL

平安後期 奥州藤原氏のもと、誕生

1087年（応徳4） 清衡、清原氏最後の残存者として奥６郡・山北３郡を領有し、実父の藤原姓を名乗る奥州藤原氏の成立
1124年（応徳5） 金色堂落成。平泉の黄金文化の隆盛
1128年（大治3） 奥州藤原氏初代清衡の死後、異母兄弟との争いの末、基衡が第２代に
1157年（保元2） この頃、父死去により秀衡が家督を相続
1187年（文治3） 源義経、頼朝の追手を逃れ再び平泉に入る
秀衡没
1189年（文治5） 源義経、自害。泰衡の代で藤原氏滅亡。漆器職人たちは、衣川の奥地「増沢地区」に落ち延びる

明治〜昭和前期 民藝の父が見出した工芸

1868年（明治1） 明治維新、幕藩体制が崩壊し南部藩による　漆工の禁制がなくなる
明治初期 秀衡塗の原型・増沢塗が成立
1879年（明治6） 黒川真頼『工芸志料』に秀衡椀の記述
明治政府、工芸を奨励
1938年（昭和13） 柳宗悦らによる「秀衡塗」の復興

昭和中期〜平成 平泉が世界遺産に登録

1851年（昭和26） 中尊寺金色堂、文化財保護法で国宝建造物　第1号に指定
1955年（昭和30）
〜60年（昭和35）		 衣川ダムの建設、増沢地区から秀衡塗の生産地が移転する
1985年（昭和60） 秀衡塗が通商産業大臣指定伝統的工芸品に指定される
2011年（平成23） 平泉が世界文化遺産に登録される

進化する伝統 平泉の世界遺産効果で注目！

2011年に平泉が世界文化遺産に登録され、秀衡塗もその奥州藤原氏の黄金文化を偲ばせる代表的な工芸品として、世界からの注目が高まっている。
現在でも岩手県の工房で盛んに製造が続けられ、秀衡椀１客で１万円強。重箱やこけしなどをあしらったデザインもある。

工芸三冊屋 平泉と義経の因縁をめぐる３冊

『平泉藤原氏』工藤雅樹（無明舎出版 2009）
『義経（上下）』司馬遼太郎（文春文庫 2004）
『東北学／もうひとつの東北』赤坂憲雄（講談社 2014）

工芸のおひれ CRAFTS OF THE TAIL FIN

産金を祝す大伴家持の短歌

８世紀、奥州で金が産出していた証拠となる短歌を残していた。
「すめろぎ（天皇）の　御代栄えむと　東なる　みちのく山に　くがね（金）花咲く」

明治維新後は漆の栽培方法もチェンジ

維新後、南部藩による漆生産の統制がなくなると、越前漆器のお膝元の福井から越前衆という漆掻き職人が出稼ぎに来るようになる。この時１本の漆の木から１年ですべての漆を採り尽くし、萌芽更新のために伐採する「殺し掻き」と呼ばれる現行の方法が伝わった。

中尊寺にはミイラと化した奥州藤原氏が現在も！

中尊寺金色堂の須弥壇内には、秀衡をはじめ藤原氏４代のミイラ化した遺体と泰衡の首級も納められていた。

秀衡塗には兄弟がいた！その名も浄法寺塗

岩手県二戸市浄法寺町を中心に、八幡平市や盛岡市でも生産される。
８世紀前半に開山された浄法寺町御山（おやま）の天台寺の僧が、自家用に使用する漆器をつくったのが始まり。
1985（昭和60）年に伝統的工芸品の指定を受けている。

日本庶民生活史料集成 第30巻「諸職風俗図絵」（三一書房）より引用

平安時代は烏帽子に塗るのに使われていた漆

貴族文化の平安時代、漆の大きな使用目的に烏帽子があった。
烏帽子に漆を塗る様子も残されている。身分の上下によって烏帽子にも非常に細かな分類があった。

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story
協力者による工芸の奨励

平安時代は基本的に「官営モデル」から工芸が始まる。朝廷や貴族による依頼で「職人」が工芸品をつくる。「職人」という存在がこの時代に生まれた。「秀衡塗」の起源もこのモデルのひとつである。平安末期に奥州を支配し、中尊寺金色堂をはじめとする黄金文化、仏教美術をもたらした奥州藤原氏、その第３代の藤原秀衡によって東北にも近江から漆工職人が招かれ、特産の漆と金を贅沢に使い、器をつくらせたのが始まりであると伝えられている。

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日本の儀礼確立
有職故実

平安時代の中期から先例を伝える知識の体系化が進み、儀礼の基本形が確立した。工芸にも格式ができ、「もてなし、しつらえ、ふるまい」の型が生まれた時代だった。

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当時最先端の思想
仏教

奥州藤原氏は中尊寺を造営した初代清衡をはじめとして、毛越寺を造営した2代基衡、3代秀衡と今に残る仏教美術を生み出した。

往時の平泉の創造図　出典：高橋富雄他著『図説奥州藤原氏と平泉』（河出書房新社　1993年）

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story
受け継がれる技

1159年、平治の乱後、藤原秀衡は源義経を迎え入れ、庇護・養育した。のちに、源頼朝と義経が対立し、義経が朝敵とされた時もかくまった。義経を再度迎え入れた半年後に秀衡は没するが、その時に子息の国衡・泰衡たちに義経を主君として奉じ、３人の結束をもって鎌倉方との戦いに備えよと遺言を残した。秀衡塗に見られる源氏雲の意匠は、義経を主君として奥州藤原氏の政権を安定化させるシンボルとしての意味もあったのかもしれない。秀衡の遺言も虚しく奥州藤原氏が頼朝によって滅ぼされた後、職人たちは衣川の奥地の増沢部落に落ち延び、その地で日用の道具を作り続け、細々とではあるが工芸の技を継承し続けていたと伝えられている。しかし、当時の秀衡塗の産地について、それを確証づける資料が残っていないため、どのようなかたちで技術や意匠が引き継がれてきたのか、正確にはわからないのが現状である。

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story
柳宗悦による復興

名もない職人がつくった暮らしの道具の中に「健康な美」を見出した柳宗悦。彼が1936（昭和11）年、駒場に開館した日本民藝館には秀衡椀が所有されている。

1938（昭和13）年頃、民藝の父と言われる柳宗悦らによる民藝運動のなかで秀衡椀の調査が行われ、増沢塗職人による復元がなされ、それが「秀衡塗」としての現在のかたちとなる。つまり現在つくられている秀衡塗も昭和10年代になって復元されたものなのである。以後、秀衡塗の生産は、平泉町の隣村、胆沢郡衣川村増沢地区が中心地であったが、昭和30年代の衣川ダム（増沢ダム）の建設に伴い、増沢の工房が移転し、現在では平泉町や胆沢町、水沢市などに分散して生産が続けられている。

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グローバル都市
平泉の金

平安時代に奥州で金を産出。福岡を経由して当時の中国や東アジア、また北方とも交流のあった平泉は「黄金のジパング」の由来になった。

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story
江戸時代に大変化

寛政年間に書かれた蘭方医・大槻玄沢の『磐水漫草』や幕末の国学者・黒川真頼の『工芸志料』などに「秀衡椀」として紹介され、江戸の茶人にも珍重されていた。ただ、江戸時代には「秀衡塗」という呼称は一般的ではなく、当時岩手を領国としていた南部盛岡藩の特産として増沢塗や浄法寺塗などとともに「南部塗」と総称されていた。秀衡塗の名称は言うまでもなく藤原秀衡にちなむものであるが、その名は南部藩による統制が維新によって崩された後につけられたものなのだ。南部塗には、椀だけでなく皿・折敷・重箱などもある。南部藩の統制下、この地方に漆掻奉行が置かれ、漆は他領へ持ち出すことが禁じられていた。